大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和31年(タ)30号 判決 1957年4月27日

原告 陳千代子

被告 陳秀興

主文

原告と被告とを離婚する。

原被告間の長男陳盛発の監護者を原告と定める。

被告は原告に対し金二十万円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告と被告とを離婚する。被告は原告に対し金六十万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「原告は、昭和二十二年五月八日、被告と神戸市において適法に婚姻し、(但し原告は中国国籍取得の手続をしていない)肩書住所地において夫婦生活を継続していたところ、被告は、昭和二十三年九月二十五日午後六時頃尼崎方面より船名不詳の機帆船に乗船して本国たる台湾に密航したが、爾来現在に至るまで消息を断ち、その生死は不明の状態にある。被告は、右帰国に際して原告に対しては何等の扶養料も交付せず、現在迄その扶養義務を尽さないので、原告は、被告と離別以来、手内職による収入及び、肩書住所地に所在する被告所有の家屋を一部他に賃貸してその賃料収入により辛うじて生計を維持し、長期に亘り孤閨を固守しているものである。しかして被告の在日財産は、右家屋の外その敷地十七坪八合四勺(評価額は金六十七万七千九百二十円)である。被告の前記所為は、原告を悪意で遺棄したものというべきで、その状態は現在もなお継続しているから、原告は、被告との離婚と併せ被告に対し被告の右悪意の遺棄により原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料として金六十万円の支払を求めるため本訴に及んだ。」

と述べ、

立証として、甲第一乃至第四号証を提出し、証人下田八百吉、同角谷勉、同角谷仙次郎の各証言及び原告本人尋問の結果を援用した。

被告は、公示送達による適式の呼出をうけながら、本件口頭論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。

理由

その作成の方式により成立を認める甲第一号証乃至第三号証及び原告本人の供述によれば、被告は肩書本籍地出身の中華民国国民であり、原告は大正十五年八月二十六日生れで、日本人を両親とする者であつて、終戦前、大阪市内の某軍需工場に挺身隊として働いていたとき、同工場に勤務していた被告と相知り、昭和二十年五月頃、内縁の夫婦関係を結ぶに至り、昭和二十二年五月八日神戸市において適法に婚姻し、同年五月十五日、原被告間に長男陳盛発の出生したことが認められる。更に、証人下田八百吉、同角谷勉、原告本人の各供述によれば、婚姻以来、原告は被告と肩書住所地で同棲し、被告の営む砂糖販売業により生計を維持していたところ、被告は、昭和二十三年九月二十五日、原告等の制止に耳を傾けないで、被告の本国である台湾に帰国する旨告げて単身家出したまゝその後全く原告に音信をなさないこと、原告は、被告が帰国後生活費の仕送りをしないので、同人所有の原告現住家屋を訴外下田八百吉に賃料一ケ月金八千円で賃貸し且つ右訴外人の営む菓子製造業の手伝をして金三千円の支給をうけ、同金員と右賃料収入により、辛うじて親子二名の生計をたて、長男、盛発の養育に専念していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上認定の事実に徴すれば、被告の右所為は、夫として妻たる原告と同棲の上協力互助すべき義務に反し、且つ、原告及び長男に対する扶養義務を懈怠し、原告を悪意で遺棄したものと解せられ、その状態は現在においても、なお、継続しているものというべきである。

しかして、本件離婚の準拠法は法例第十六条により離婚原因発生当時の夫たる被告の本国法、中華民国民法によるべく、前記認定事実は、同法第千五十二条第五号に該当すると同時に日本国民法第七百七十条第一項第二号にも該当する。よつて原告の本件離婚請求は正当である。

次に、原被告間の未成年者である長男盛発の監護者指定については、法例第二十条に基き、父たる被告の本国法に準拠すべきところ、中華民国民法第千五十五条但書によれば「判決による離婚における子の監護については、法院は子の利益のため監護人を選定することができる」旨規定されているので、当裁判所は職権により、前記認定の諸般の事情を斟酌して、長男盛発の監護者を原告と定めるのが相当であると認める。

更に、原告の慰藉料請求につき考えるに、前記認定のとおり、原告は婚姻後、短期間にして夫に見捨てられ且つ一子を抱え、そのため蒙つた精神的苦痛の甚大なることは容易に推察しうるところであつて、被告は原告に対し右苦痛を慰藉するに足りる損害賠償の義務を負うものと認める。そこで賠償額については、原告本人の供述によると被告は、在日財産として、原告の現住家屋及びその敷地十七坪八合四勺(該土地の評価額は金六十七万七千九百二十円)を各所有していることが認められ、右事実と原被告の年令、境遇(特に被告と離別後の原告の生活態度)、離婚原因発生の事情等諸般の事情を併せ考えると、金二十万円を相当とする(右慰藉料の請求の、準拠法は法例第十一条第一項により日本国民法とする)から、原告の慰藉料の請求は右金額の範囲内において正当である。

従つて、原告の本訴請求は前記正当と認めた範囲内においてこれを認容すべきであるが、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 尾鼻輝次 大西一夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例